ジンバブエⅡ⑤ 古の石の都グレートジンバブエのアクロポリス

グレートジンバブエ アフリカ
グレートジンバブエ

◆ルート

日本→中国→ベトナムラオス→タイ→ミャンマー→日本→ウズベキスタンキルギスカザフスタン→日本→イラン→UAEイスラエルパレスチナ→ヨルダン→エジプト→スーダンエチオピアジブチソマリランドエチオピアⅡ→ケニアウガンダルワンダブルンジタンザニアモザンビーク→マラウイザンビアジンバブエボツワナジンバブエ

【グレートジンバブエ】

ジンバブエ南部にある大遺跡。

巨大な岩で作られた丘や機構が点在している。

本来「ジンバブエ」は現地語で「石の家」という意味を表し、この遺跡の名前がジンバブエという国名の由来となった。

様々な出土品が発見されているが、遺跡にについては実はよく分かっていないことが多い。

◆2019.4.23

泊まっているマシンゴの街は、正直あまり大きな街ではない。

街で旅行者も全然見かけないし、本当に観光地なのか不安になってしまうくらいだ。

そんな街なのでなんとなーく気合が入らず、朝からスーパーで買ってきたビールを飲んで過ごす…。

モザンビークに入ったらリゾート続きで物価高そうだから、今のうちに飲んでおかなければ…。

今日はマシンゴの近くにあるグレートジンバブエという遺跡を見に行く。

この遺跡はジンバブエという国名の由来となったくらい、この国を代表する観光地なのだ。

昨日のザンビア隊員が、グレートジンバブエは1時ころ出ても観光できるって言ってたから、まあ多少早めにでて12時半ころまでだらだらしよーって思ってたら、結局宿を出るのが13時ころになってしまった。

宿から出るときにまたしても日本人、それもJICA隊員と遭遇!

まあ彼が来ることは昨日の隊員から聞いてたんだけどね。

ちなみにこの人はザンビアの人!

あんまり話すタイミングなくて、ザンビアの話が聞けなかったのが残念だった!

ホントでもよく会うなー。

まあJICA隊員にはよく合う割に、日本人バックパッカーには本当に会ってないけどね!!

最後に会ったのいつだろう…。ルワンダから会ってないかも??

しかもその人とはケニアから会ってたし、そう言う意味ではケニアくらいから日本人パッカーとの出会いがない…。

けっこうレアいルート通ってるとは言え、なかなかの確率じゃないだろうか…。

グレートジンバブエへはミニバスで行く。

宿からすぐ近くのバスターミナルに向かう…が、途中でカメラの電源が入らないことに気づく。

ウンともスンとも言わない。

ビクトリアフォールズで使った秘伝のファインダー出し入れで電源を入れようとしたけど、それも失敗。

ヤバいなー…どんどんものが壊れてくわ。

いろいろ試して、最後にバッテリーを取り外して接続部に息を吹きかけて挿し直したら復活した!

こんな昔の64みたいな方法で復活するとは!!

これによって30分ほど時間をロスしたが、まあ観光はなんとか間に合うだろう!!

急いでバスターミナルに向かう。

バスターミナルはMAPS.MEで「Local Minibus Terminus」と書いてある場所!

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パッと見はスーパーの前のただの駐車場です。

ここにグレートジンバブエに行くバスがとまってます。

僕が行ったときにはすでにもうけっこうひとが乗っていた!

僕が乗ってから5分位で出発!ラッキー!!

バスは20分ほどでグレートジンバブエの入り口?付近に到着。

バス代の3ボンド(無いので1USD)を払って、とりあえずバスの乗務員が指差す方向に進む!

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入り口付近には高級そうなホテルが建っている。

・・・全く人けは無いけど。

近くに同じ経営者のものと思われるレストランもあったけど、客はゼロ!

シェフとウェイターが暇そうにだべっていて、こちらに気づくと笑顔で手を振ってくれた。

一本道をどんどん歩いて進む。

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茂みの中からガサガサ音がする。

何かと思ったらサルだった!

こっから見ると水色の金玉がよく見える。

ルワンダでも見た猿だ!

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しばらく歩くと一気に視界が開けた!

前方にでっかい岩山発見!

あれがアクロポリスの丘だろう。

グレートジンバブエはいくつかの遺跡が集まった遺跡群なのだが、代表的な遺跡は3つ。

その一つがアクロポリスなのだ。

あの丘の上で政治や祭式が行われたらしい。

近くにあったチケットオフィスで入場料15USDを払い、まずはアクロポリスへ登る!

ちなみにチケットオフィスではプラス5ドルでガイドがつけられると言われましたが、少し迷ってパス!

正直あんまり分かっていない場所らしいし、どうせだったら未知の場所に来てしまった感覚で楽しみましょ。

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これが地図。

上の「HILL COMPLEX」ってやつがアクロポリスですね。

てか日本語訳のアクロポリスって名前はどこから来たんだ…。

Wikipediaでもアクロポリスって書いてあるから、一応正式な日本語名?だと思うんだけど。

そして右下の「THE VALLEY」って書いてあるところらへんが「谷の遺跡」と呼ばれているところ。

最後に一番下の、「THE GREAT ENCLOSURE」と書いてあるのが「大囲壁」という遺跡。

この3つがグレートジンバブエの主要遺跡です。

アクロポリスに向って進む。

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またしてもサル。

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サルサル。

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アクロポリスの麓まできた。

ここでは道が3つに別れているらしい。

最初の分かれ道は「Modern Path」にいくかその他の2つに行くか。

近くに居た地元の女の子が「右いけ右いけ」と言うので、とりあえず右の「Ancient Path」か「Terrrace Path」の方に進む。

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石垣でできた細い道を進む。

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次は「Ancient Path」か「Terrrace Path」の分かれ道。

どうせなら「Ancient Path」だろ!!ってことでこっちを選ぶ。

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めっちゃ登る…。

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見上げるとすげー!

巨大な岩!!

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切通し?って言うのか?

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頂上に到達!!

下から見たときにはわからなかったけど、なかなかちゃんとした石垣がたっていた。

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中に入る。

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なんというかもう…大岩が取っ散らかってるようにしか見えん。

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頂上から他の2つの遺跡が見える。

一番右奥の円形になってる塀が大囲壁。その左側に広範囲に渡っていろいろあるのが谷の遺跡。

岩の近くの地面に変な棒がささってて「どうせ誰かのいたずらだろ」とか思ってたら、どうやらこれが昔儀式などに使われていたものだったようだ。

完全スルーで写真すら撮らなかった。

少し時間が無くなってきたから急いで観光する。

途中、村みたいな所を通りかかったのだが…。

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ん?

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んん??

何だこいつは?

すげー気になる…けど、めちゃくちゃビジネス臭がするので村には入らなかった。

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ここらへんが谷の遺跡。

正直あんまり見どころではない。

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こんな感じで緩やかな坂に遺跡が残っている。

どうやらここらへんには王の妻子が住んでいたらしい。

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坂を登っていくと、目の前に大きな壁が現れた。

これが大囲壁だ。

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大囲壁の中。

円形の石垣に囲まれた中は石垣で複雑に仕切られていて、仕切られた一つ一つのエリアが部屋として使えるような感じになっている。

ここは何に使われていたのかよく分かっていないらしいんだけど、学校の寮みたいな感じで、若者が住んでいたとかって言う説があるらしい。

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謎の塔。

謎だ。

f:id:sasetsu_u:20190427014536j:plainここに来て初めて観光客っぽい方々を発見!

ここまで現地人以外誰も見てなかったんです!!

こんなに過疎っちゃって、ジンバブエの国名が泣くよ…。

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大囲壁の正面。

と、一通り観光していたらもう5時近くになっていた。

日が暮れる前に急いで帰らなくては!!

帰りのバスは、バスを降りた所まで来てくれません。

バスを降りた所を通り過ぎて1kmくらい歩いた交差点(座標”-20.262334,30.912939″あたり)で、バスで通りかかるバスを拾います!

もう遅いし早く帰りたいからヒッチハイクしようかなーなんて考えてたら、すぐにバスが到着!

日が暮れる前に街に帰れました。

ちなみに帰りのバス代は2ボンド。行きより少し安かった!

夜は同じ部屋に泊まっていたジンバブエ人といろいろ話をした。

その中で僕の中に残っていた謎が一つ解けた。

ジンバブエに入ったときからずっと疑問に思っていたのだが、スーパーなどでは物の値段を「〇〇$」と書いてあるのに、実際はそれはボンドの値段だって言うことなんです。

僕は最初、ボンドの正式名称が「ボンドドル」だからそうなのかなーと勝手に勘違いをしていたのだが、ボンドはボンド。ボンドドルではないらしい。

なんでーー??って思っていたのだけど、実はこういった経緯があったらしい。

ジンバブエのスーパーインフレは有名な話なのであえて詳しく説明はしないけど、とにかくそれが2000年代に起こり、2009年には政府は完全に自国通貨を使うのを止めたらしい。

もうジンバブエはUSドルで行くんだぞと。

それで2009年から数年間はUSドルしか市場では使えなかった。

けどここで問題が発生!

自国通貨がないとお金を刷ったりする金融政策ができない!これは困る!!ってことに数年発ってやっと政府は気づき始め、「ボンド」という新しい通貨を導入することを決めたのだ。

ただ、普通に自国通貨を導入しただけでは、以前と同じハイパーインフレーションに陥ってしまう。

ということでボンドは、1ボンド=1USDという固定レートを絶対守る!という前提の元で発行されたらしい。

まず2014年に25セント、50セントなどのボンドコインが導入され、2016年に1ボンド、2ボンド、5ボンドの紙幣であるボンドノートが導入された。

それから数年は1ボンド=1USDのレートは守られてきたのだが、去年あたりからどう言うわけかボンドの価値が下がり、今では4ボンド=1USD(政府や大きな店では)のレートを推移しているらしい…。

そういう経緯もあって、一旦完全にUSドルしか使われてなかったからUSドル表記になったみたいです!

そして去年まではUSドルでもボンドでも値段が変わらなかったので、あえて通貨単位を変えなかったと。

でもなぜか最近そこの値段に差異が発生してしまっているんですよねえ。

てか、ボンドって最高紙幣が5ボンドなんですよ!

5ボンドってせいぜい100円ちょい!持ち運びめっちゃ大変そう…。 

かと言ってエコキャッシュ(電子マネー)は2%手数料取られるし、もうやだよ…みたいな感じで彼は愚痴ってました。

とまあとりあえずこれでジンバブエは十二分に堪能!!

明日はいよいよモザンビークに帰ります!!

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