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キエフの世界遺産、聖ソフィア大聖堂の美しい構造美
前日、キエフの街散歩をした記事はコチラ↓
2019.5.26
今日も引き続きキエフ観光です!
昨日行けなかったメインどころに行きます。
最初に行くのは「聖ソフィア大聖堂」というところ。
11世紀に建てられた建物で、ウクライナ建築では一番高名なものらしい。
こちらが入り口。
中心街から近く、歩いていけるところにあります。
昨日行ったところも全部歩きで行ったし、キエフは名所がかたまっていて非常に観光しやすい。
100フリヴニャ(400円)払って入場。
ちなみに入り口の塔の上階にある鐘楼まで登るためには、別途60フリヴニャ(240円)払わなきゃいけません。
まー今回はいいかなーと思ったのでパス。
こちらがメインの聖堂です。結構構造が複雑!お城のようだ!
入り口でウクライナ在住の中国人に会って、一緒に見て回ることに。
一部建物が剥げかけている。
実は外装は中世に入って大改修したときにかぶせたものらしい。
なので剥げて見えている茶色いところが、11世紀に建てられたオリジナルな聖堂の壁みたいだ。
ちなみにこちらが11世紀ときの模型。
こちらが今。
だいぶ装飾ふえてるなー。
11世紀の建物は、ちょっとイスラムチックな気がするのは気のせいだろうか。
聖ソフィア大聖堂の黄金の扉
聖堂の中に入っていく。
壁画は迫力あり。
3階部分はギャラリーになっていた。
おそらく聖堂に保管されていたのだろう、古い宗教画が飾られている。
足だけ残ってるやつとかも。
古いやつとは別に現代アート?的なものも飾ってあった。
こちらはすべてカラフルな卵だけでできている、「点描画」になってます。
いろいろ見ているうちに中国人とはぐれてしまった…。
ウクライナの話を聞こうと思っていたのに残念だ。
探しても見つからなかったので諦めて大聖堂をあとにする。
聖ムィハイール黄金ドーム修道院のミサ
大聖堂前の広場にあった銅像。
誰かはわからない…。
そのまま少し歩いて、すぐ近くにあった「聖ムィハイール黄金ドーム修道院」というところに行ってみる。
聖堂前の「オリガ王女の像」。
オリガ王女は昔のキエフ大公国の王女で、熱心なキリスト教徒だったらしい。
修道院自体はかなり新しいように見えた。
こちらも建設は11~12世紀に遡るようだが、たび重なる戦争で大きく被害を受け、ソ連崩壊語に大規模は修復が行われたらしい。
たまたま今日は日曜日だったため、多くの市民が集って礼拝の儀式?を行っていた。
ウクライナ名物のキエフチキン!ウクライナ料理の評価は?
ちょうどお昼の時間になったので、昼食をとる。
食べたいものがあったので、修道院の近くにあった「チキンキエフ(Chicken Kyiv)」という店に入る。
頼んだのはボルシチと、
これが食べたかったもの。
名前は店名と同じ「チキンキエフ」!
チキンの中にバターを入れて揚げてあるんです。
一応ウクライナ料理らしいけど、発祥は別の国(ロシアやアメリカ、フランス)という説もあるらしい。
味はまーまー。見た目通りな味。
正直ボルシチ+パンのほうがうまかった。
不可思議な怪物屋敷とキエフの軍事博物館
さらに街を歩く。
地図を見ていて気になった「怪物屋敷」と言われる建物。
「キエフのガウディ」と呼ばれた、著名な建築家が設計したらしい。
今では大統領の公邸になっているんだとか。
道端にある大砲が「国立軍事史博物館」の目印です。
入り口はこんな感じ。
知ってなきゃ気づけないような場所。
30フリヴニャ(120円)払って入場。
ウクライナは地味に武器輸出大国です。
世界ランキングだと武器輸出額10位くらいに入ります。
こんな小国なのに!意外!!
なんでも、ソ連時代の武器開発能力の4割ほどを受け継いでいるんだとか。
10年以上前から中国との兵器の共同開発などもしているらしい。
・・・アフリカが終わったと思ったら、ベラルーシ、ウクライナでも中国の影がでかいなあ。
さっきあった中国人もこっちの大学で中国語を教えていて、かなり多くの生徒が中国語を選択しているって言ってたし。
まあ中国はさておき、そこらへんの話が見れるかなーなんて思ってここに来たんだけど。
昔の兵士とか、
スルタン??
いろいろ武器・防具は展示してあるけど、英語の解説がないからさっぱり。
戦闘機もウクライナの国旗色。
上階に登ったらちょっと雰囲気が変わった。
どうやらここはウクライナ危機やその後のクリミア騒乱など一連の争いに関するものが展示されているっぽい。
クリミアだけじゃなくて、ウクライナ東部の2州が今もロシアに実効支配されているとか。
この階だけは部分的に英語の解説があった。
ただ深くはわからない。
一通り見たあと諦めて外にでて更に歩く。
公園にあった「無名戦士の記念碑」。
公園は高台になっていて、川の向こう側が見渡せる。
川のこっち側が旧市街であっち側が新市街みたいな扱いなんだろうか?
20世紀最大の悲劇を伝えるホロドモール記念博物館
歩いていて見つけた「ホロドモール記念博物館」。
一見ただの碑だけど、この地下が博物館になっているみたい。
正面。
ホロドモールという言葉は初めてきいたのだが、「ルワンダ虐殺」や「ホロコースト」と並んで、20世紀最大の悲劇の一つなどと言われているらしい。
ソ連による「人工的な飢餓」で、ウクライナ人の5人に1人が餓死したんだとか。
博物館に入ろうかなーとも思ったけど、入場料はとられるっぽいし、どうせ英語の解説はないと思ったのでやめた。
そろそろ疲れてきたし。
もう一つの世界遺産キエフ・ペチェールシク大修道院
今日最後の目的地、「キエフ・ペチェールシク大修道院」。
こちらは、今日最初に行った聖ソフィア大聖堂と一緒に世界遺産を構成する、キエフを代表する建築物みたいだ。
入場料は80フリヴニャ(320円)だけど、カメラの持ち込み・撮影は別途有料らしい。
まあでもスマホのカメラなら無料でOKとのこと。
とこんな感じ。
一通り見学したあと宿に戻ってメイン荷物をピックアップ。
夜行電車でキエフからリヴィヴに移動! チケットはネットで予約できる!
駅に向かい、今日はこれから別の街に移動します。
市内バスを使って駅に来た。
今日は夜行電車で「リヴィウ」というウクライナ西部の街に移動します!
チケットはすでにネット(omioというサイト)で予約済み。
夜8時ころキエフ発で、翌朝4時半にはリヴィウに到着!
所要時間は8時間半くらい!寝るにはちょうどいい。
値段は16USD。
ちなみに最初見つけた最安は、
こんな感じで一番下の7USDだったんですよね。
飛びつこうとしたら売り切れだったので、次に安かった16USDのやつにしたんですけど。
でも16USDのやつを予約しようとしたら、こんな感じで「4人部屋ですよ」みたいな表示が出てきた。
さっきは出てこなかったな…ってことは寝台列車じゃなかったのかも…。
危ない危ない。
あまりにも安いやつは疑わなければダメだね。
列車は地下鉄同様にウクライナ色!
久しぶりの寝台列車だけど、めちゃくちゃ快適。
てか、中国で通路に寝袋敷いて寝たことを思えばどんな寝台列車でもマシに思えるはず。
部屋はウクライナ人の母子と一緒だった。
ウクライナでは子供は3ヶ月の夏休みがあるんだって!
いいなー!と思ったけど、大学生になると日本とは逆に少なくなって、1ヶ月ほどしかないらしい。
どっちがいいのやら…。
個人的には小さいときに詰め込み教育しておくことは悪くないと思っているので、大きくなってから休みがいっぱいあったほうがいいけど。
お金もあるし。
小さいときに休みがあっても、結局親に連れ回されるだけだもんなーと思ってしまう。
とか思いながら
明日は朝早いのでそうそうに就寝した。
翌日の記事はコチラ↓
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