今日の旅情報
これまでのルート
日本→中国→ベトナム→ラオス→タイ→ミャンマー→日本→ウズベキスタン→キルギス→カザフスタン→日本→イラン→UAE→イスラエル・パレスチナ→ヨルダン→エジプト→スーダン→エチオピア→ジブチ→ソマリランド→エチオピアⅡ→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→ブルンジ→タンザニア→モザンビーク→マラウイ→ザンビア→ジンバブエ→ボツワナ→ジンバブエⅡ→モザンビークⅡ→エスワティニ→南アフリカ→レソト→南アフリカⅡ→ベラルーシ
ミンスク
昔から東スラブ人が住んできた土地であった。
ミンスク公国として独立していた時期もあったが、キエフ大公国やリトアニア・ポーランド、ロシアなど、様々な国に支配を受けてきた。
現在は再度独立した「ベラルーシ」の首都として繁栄している。
教会と共産主義の街?ミンスク市街を観光さんぽ
前日、ミンスクからバスとヒッチハイクでミール城とネスヴィジ城に行った話はコチラ↓
2019.5.23
今日はミンスクの街を散策する。
ミンスクの市街はこじんまりとしていて、徒歩で結構あるけちゃいます。
気候もいいので散歩気分で街を観光します!
まずはミンスクゲート。
ミンスク駅正面の街の入り口です。
ここからミンスクの街が始まる。
駅近くのガリレオ(Galileo)と言われるモール。
中にはレストランやらいろいろ入っている。
僕はSIMもここで買いました。
近くにもう一つあったショッピングモール。
ここにはマックやバーガーキング、ケンタッキーなどファーストフードが入っていた。
そう言えば街にもこれらのチェーン店は多かったな。
中央アジアはその手の店が少なかったのだが、同じ旧ソ連でもそのへんの温度差はあるみたい。
聖シモン・聖エレーナ教会と長崎からの鐘の音
聖シモン・聖エレーナ教会。
赤い教会とも言われる街のシンボル的教会。
レンガな感じが美しい!やっぱり教会があるとヨーロッパって感じだね~
教会横にある鐘。
これはチェルノブイリ原発事故を悼んで設置されたそう。
ちなみにこれは長崎から送られた物らしい。
あの有名なチェルノブイリ原発事故はウクライナで起こった。
しかし風向きの関係で、ここベラルーシが最も被害を受けたという。
同じく原発の被害にあった国として、長崎のカトリック教会がこの鐘をベラルーシに送った。
またこの記念碑の下には同じく原発の被害にあったいくつもの都市の土が埋められているらしい。
独立広場にある珍しく破壊されないスターリン像
「独立広場」。
同じ名前の広場はどの国にもありますね。
スターリン像。
ベラルーシがソ連回帰を願っている証のようなもの。
他の国では大体破壊されているらしい。
街は完全にヨーロッパ。
そう言えばやたら街に女性が多い気がする。
あと、タバコ吸ってる女性も多い。
タバコと言うとマラウイを思い出してしまう。
この分だとまだもう少しマラウイのタバコ産業も大丈夫かもしれない。
スパイ組織?KGBのオフィスは公然と
KGBと言われるソ連版CIAのような組織のオフィス。
実は今でも現役らしい。
正門は誰も使っておらず、みんな裏口から出入りしているとのこと。
なんたる偶然!同郷の日本人に遭遇!
ヴァシリキ(Vasiliki)と言う名前の、ベラルーシの定番のファミレスで食事しようとしたら、なんと偶然にも隣の席に日本人が!
しかも旅行者じゃなくて在住者らしい!なんというレアな!!
せっかくなので一緒に食事をして、いろいろベラルーシ話を教えてもらいました。
彼曰く「ここはロシア語話せないと、人扱いされないからね~」とのこと。
まーそれは何となく感じてましたが…。
いろいろ話していたら同郷(市町村まで一緒)ということが判明!なぜかベラルーシまで来て地元トークで盛り上がるという!
ちなみに彼は現地の人と結婚したらしいですが、奥さんも相当美人らしい!ベラルーシ人は美人多いからな~。街歩いてても明らかにわかる。
彼いわく、「いろんな旅行者(僕みたいに世界一周とかした人)と会うことがあるけど、ベラルーシが一番美人が多いって言われる」とのこと。
うん、まあ納得、同感です。
彼のはからいで店内にいた美人店員さんと彼のお子さんと一緒に写真を撮らせてもらいました。(上げませんが)
ちなみに頼んだのはベラルーシ版ペリメニみたいなやつ。
料理だけで9ルーブル(450円)、ビールが5ルーブル(250円)。
更に散歩を続ける こんどは世界一周経験者と遭遇!
10月広場という広場にベラルーシの国旗色の旗がなびいていた。
世界一インパクトの強いKFC…らしい。
涙の島と呼ばれる場所。
これはベラルーシ軍も出兵したアフガニスタン戦争の犠牲者を祀った記念碑。
ここでたまたま、もう一人の日本人バックパッカーの方と遭遇。
今回は単発旅行とのことだが、昔世界一周して、アフリカ縦断も経験したことがあるらしい!
流れで、あとで落ち合って一緒に飲むことに。
彼はここからまだ回るところがあるっぽいので、もう少し観光をするらしい。
僕はもう疲れたので、一足はやくミンスクの中心街、バー地帯に向かう。
ここまですべて徒歩観光だったので流石に疲れた。
バー地帯の近くにあったでっかい教会。
近くのバーで適当に飲みつつ、さっきの彼を待って合流。
そんで夕方くらいまでずっと飲んでました。
彼も東アフリカ縦断経験者で、彼のときは1年かけたらしい。
今まで聞いた中で最長記録だなあ。
彼の場合はダハブで仲間を見つけて、最後まで仲間と一緒だったらしい。
てか、普通そうだよね!?
僕も事前に聞いた話だと、だいたいそんなかんじになるって聞いていたのに…。
アスワンで一人になった僕とは大違いや…。
それでもお互い違うタイプの尊い経験をしたんだと思おう。
定番レストランヴァシリキのドラニキ! スープに合ってうま味!
夕食も昼と同じヴァシリキ。
ドラニキ+スープ。文句なくうまい。
ベラルーシ料理!これまでで5本の指に入るかも知れない!
次はリトアニアに行くというバックパッカーの彼と別れて、寄り道しながらホテルに帰る。
若者が集まるミンスクのおしゃれなアートストリート
スタジアム。
実は来月ミンスクではヨーロッパオリンピックが開催されるらしい。
それのメイン会場になるのかなー。
バッファローのオブジェ。
実はベラルーシで行きたかった場所の一つに「ビャウォヴィエジャの森」というポーランドとの国境に広がる森がある。
そこはヨーロッパバッファローが見れることで有名なのだ。
まあちょっと今回のルートとは外れるので、今回はパス!
だがいつかは行きたいところだ。
「Ў美術館」とGoogleMapで出てくるところの周辺に、でっかいストリートアートがいくつもあった。
こんな感じのとことか。
ちょっと中心街から離れているのだが、かなり若者が多い。
みんな車や自転車で来てるみたいだった。
地図で見たときは気づかなかったが、カフェやバーもいっぱいある。
あーここで飲んでも良かったなーとちょっと思った。
まあちょっと遠いんだが。
と言う感じで街を一周回ってホテルに帰ってきたら、もう9時になっていた。
日が長いって良いけど、知らぬ間にけっこう時間経ってるから疲れるんだよねえ。
さくっとですがこれでベラルーシは見納め。
明日は南隣の国、ウクライナに移動します。
翌日の記事はコチラ↓
コメント